2009年8月11日火曜日

通訳者のテクネー —ミュトスとロゴスの間に—

通訳とはシナプス間隙で繰り広げられる目に見えない化学信号のアクロバット。

同時通訳とは時間の分子と分子の狭間に存在するアナリシスとシンセシスの連続体。

こんな蒙昧とした視座しか持ち合わせないままに僕は通訳学校に通い、「通訳という作業」を学んだ。

「職業としての通訳」に対する理解など微塵も持ち合わせてはいなかった。

やがて僕は一人のプロ通訳者として異文化と異文化の接する現場で展開されるコミュニケーションという不可思議領域の内側で仕事をするようになった。

そうしてはじめて「職業としての通訳」というものの生々しい実体に肌で触れた。

時間という連続体に無数に存在する通過点。

その一つ、また一つと通訳を行いながら積み重ねた経験は6千余時間。

その通時的なイストワールは「物語る言葉」としてのミュトス。

それは錬成されれば暗黙知としてのテクネーをエリクシルとして解放する可能性を秘めた原料か。

あるいは捨象され抽象されれば「論証する言葉」としてのロゴスへと昇華され得る仮説か。

その答えは語られたミュトスそのものの中からのみ発掘されるべきものだとしても、語られたミュトスに省察という操作を加えることで正と負のベクトルが互いを打ち消し合うことを仮に受け入れるのならば、その零地点で共時的に得られる考察は、神話でも理論でもない一種の中間的存在、つまりミュトスとロゴスの間に位置するある種のエピステーメーだとは言えないだろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿