2009年6月25日木曜日

新しい MacBook Pro が・・・

来たー!

どうしても必要かと言われれば・・・

そうではなかったけど、

買ってもぅた(^^)

Snow Leopardでるまで待とうかと思ったけれど。

月刊化学に「iPod留学のススメ」という記事を執筆したのがご縁で、来る8月16日(日)にApple Store Shinsaibasi で講演することが決定したんですが、その打ち合わせに先日Apple Store Shinsaibashi に立ち寄った際に、新型 MacBook Pro 17inch+LED Cinema Display+Wireless Keyboard (US)+Wireless Mighty Mouse の組み合わせで発注しちゃいました。

そして今日届きました。

やっぱ17インチは貫禄あるー。

24インチのLEDディスプレーはひろびろー。

US配列のキーボードは高校時代につかっていたSE30やPowerBookを思い出させるー。

3月に購入した iMac はキーボードもマウスもコードがついてるけど、今回は両方ともワイヤレス。

快適やわ〜w

本務校で授業用に使っている MacBook では動画の編集なんかは、ちと荷が重いから、そろそろグラフィックの性能がアップしたノートに買い替えようかなーと思ったのが今回の購入のきっかけやったけど、授業用にするにはちょっともったいないかも (- -;)

でも書斎の机にはすでに24インチの iMac が鎮座まします。
しかもIntuos4のLサイズ付き。
書斎の机(180cm)では幅がちょっと足りん・・・

本務校で使うべきか、べきでないか。
いっそうのこと、書斎の机をもっと大きいものに新調して、全部自宅で使ったろか?

それが問題だ w

2009年6月20日土曜日

1Q84...

読みました。
結局。

昨日の晩→Book1読破。
今日の午前→大学院で講義。
今日の午後→Book2読破。

すごい駆け足やったけど・・・

読み終えて、(なるほどー)+(そっ、それは・・・?)=(こう終わっちゃうんや?)って感じ(--)

土曜日の午前中は2コマ連続の授業してるのですが、その間の休憩時間にこの本の話したら、「1984年には先生は何をしてらしたんですか?もう通訳のお仕事・・・」って学生に質問されました。

「小学生でしたけど」と僕。

「えええーっ」と一同。

「もうお仕事されていたのかと・・・」って、みんな僕のこといくつやと思てんねん?!

「私まだ生まれてませんでした。」という学生がいたり「妊娠中でした。」という学生がいたり。

1985年生まれの学生や1985年に長女を出産したという社会人学生が1985年にはまだ小学生だった先生の授業を受けている・・・大学院ではそういうことも珍しくないのですw


さて、長野シリーズから写真をどうぞ。



2009年6月17日水曜日

1Q84

今日は本屋さんに平積みされてました。

もちろんゲットしました。

でも読み出したら止まらなくなって、いよいよ睡眠障害に陥りそうな危険な予感が・・・

To read, or not to read: that is the question. (- -;)

閑話休題

神戸散歩シリーズから僕の写真をどうぞ。





ぶちキレっ

たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!

ある雑誌に連載している(いた)んすが、今日編集者にぶちキレてもーた(`{`)

あんまり腹立ったから、感情にまかせて書きなぐったメール送りつけて縁切ったった。

見た目とはギャップがあ(り過ぎ)るホトケ(一応)として知られる僕・・・

やのに、ぶちキレるやなんて。

睡眠不足が続いてカリカリしてるからや、きっと。

それに、本務校で5限の授業が終わったあと速攻で通訳学校に移動して同時通訳の授業して、疲れた喉と体引きずって帰りのわずかな時間にわざわざ立ち寄った大型書店で目当てにしてた1Q84の上巻が売り切れてたんもあるやろなー(- -;)

あんまりムカついてたから、いつもなら旨いメシも、あぁまずかったさ!

でも書きたい放題メールに書いたったら、なんかスッキリ。

一日を過ごすなかで腹が立った出来事を日記に書くとストレスの発散になる。

そう言われてます。

感情を文字にする。

その行為はカタルシスをもたらす。

今日は心からそう実感しました。

最近できたマイミクさんたち・・・ゴメン、こんな投稿めったにせーへんからw

感情にまかせてぶちキレたらあかんよ(ってこの投稿した俺が言うても説得力ないか?)

お口直しに僕の神戸散歩シリーズから写真を一枚。

2009年6月14日日曜日

Por ti sere

横浜は山下公園のほど近く。
学部時代の友人が結婚式を挙げました。

クソがつくほど真面目。
バカがつくほど正直。

そんないいヤツが結婚した相手は中学校の英語の先生。

余興にオペラを頼まれた僕がそんな二人のために選んだ歌はYou raised me upのスペイン語版、Por ti sere。

スケートの荒川静香さんが金メダルをとったときのプログラムで使用された曲として日本でも有名になった曲です。

アリアではありませんが、スペイン語版の歌詞が新郎の気持ちを代弁しているようで、この曲に決めました。

このPor ti sereというタイトル、英語にすれば、For you I'll be.

愛にはぐれ僕の魂が死んでしまった、そう思ったとき君が現れたんだ。
まるで太陽の光のような君が。
君のために僕は強くなる。
運命にも打ち勝ってみせる・・・

そんな歌です。

披露宴の会場で新婦さんが英語の先生だとわかったので、急遽スペイン語版と英語版を即興でフュージョンしてみました。二つが一つになることの象徴として。

二人が喜んでくれて僕も嬉しかったな。

末永くお幸せにー(^^)

P. S.
帰りの新幹線で同じ車両に出川哲朗が。
鬱陶しそうな顔をして一人で乗ってましたw

2009年6月12日金曜日

久しぶりに・・・

ボーリング行ってきました。
何年ぶりか思い出せない・・・

本町に勤務してた時代に勤務先の
仲間たちと仕事あがりにちょくちょく
通った懐かしのbowling alley。

僕は黒。
ファッツさんは白。
マイボを作ってロッカーまで借りてた(笑)

土曜日の早朝から2人で5ゲーム投げたり
したこともあったっけー(^^)

でも今日は本務校の2年生達5人が
つきあってくれました。

腹ごしらえは一風堂(こっちも週1ペースで
仕事仲間と昼飯食ってた懐かしの店さ)。

赤丸肉のせたいらげて、歩くこと約21歩。
(数えたわけちゃうけど、何かっ?)

もうロッカーもマイボも無くなったけど、
店は当時のまま。

指が太い僕には穴のサイズがぴったりくる
ハウスボールを探すのは至難の業。

やっぱり自分の指にあわせた穴があいてる
マイボとは勝手が違うもんさね。

(誰が投げても絶対カーブかかる)マイボで
投げても調子よくて160程度、悪かったら
130ぐらいのスコアしかだせないすんごい(!)
腕前の持ち主の僕がハウスボールで投げたら・・・

やっぱりひどかった(笑)
5ゲーム投げて・・・
上120。
下85。

って、血圧かっ!

そんな成績残してきたさ・・・トホホ
祝!最低記録更新 lol

でも、楽しかった(^^)ホンマに。

19歳20歳の若者に混ざったヒゲオヤジ一人。
気持ちだけは23ぐらいに戻って一緒にワイワイ。
でも一人汗だく。
やっぱりー(爆)

2009年6月7日日曜日

Ratatouille

ずっと観たかったのに、観れてなかった作品。

レミーのおいしいレストラン。
やっと見ました。

その映像美もさることながら、全ての人に見て欲しいと心から思える内容の秀逸さに感服。

"RAT-atouille"という原題が暗示するとおり、レミーはネズミ。

作った料理で、意地悪な評論家の心にも少年の純真さを取り戻させるほどの鮮やかな腕前と際立った才能を持っているのに、皮肉にもキッチンには最も相応しくない存在として生まれてしまったレミー。

料理への憧憬をあきらめきれないレミーは、その優れた嗅覚でエサに殺鼠剤が混入していないかどうかを嗅ぎ分けるという大切な役割を果たしながらも、ネズミの世界では満足できません。愛する家族に囲まれて日々を過ごしていても、満たされない自分に小さな胸をいためます。

フランス一偉大なシェフが遺したことばは・・・"Anyone can cook." 

そう、料理は誰にでもできる。

そのことばがくれた勇気とレミーの夢があわさったとき、レミーの情熱は、その大胆で無謀とも思える夢の実現を阻もうとする様々な障害を乗り越えて、自分の本来あるべき姿で、本来やるべき仕事をする自分へと自分自身を変える、つまり夢を叶える大きな力へと変貌を遂げる
のでした。

そんなレミーの挑戦を支える家族や仲間の愛。

想いと想いが重なって、小さな行動が行動を呼び、それが大きなうねりとなって夢を引き寄せる。

夢を現実に変える力は、夢見人の中に宿っている。
必要なのは勇気と行動すること。
挑戦すること。
自分を疑う自分の心に打ち勝つこと。
信じること。

そんな大切なメッセージを、そして親子の愛や友情の在り方という普遍的なメッセージを、今この時を生きる子どもにも、むかし子どもだった大人にも誰にでもわかることばで伝えるレミーの物語。

自分の在るべき姿。
人生をかけてやるべきこと。
今まさにそんな大切なテーマと向き合う時をむかえた学生たちに、どうしても観て欲しい作品です。

本来の自分が在るべき姿ではない自分を生きている全ての大人たちにも。