2009年3月9日月曜日


平和な休日を過ごした後の月曜日。
いうなれば宴の後。

そんな今日はなんとも物憂い一日でした。

その纏わりつくような鬱陶しさを払拭したいとき、皆さんはどうやって気分転換していますか?

お天気の良い日ならば、僕は勉めて空を見上げるようにしています。

刑務所からでも病院の窓からでも見上げればそこに空がある。

例えひと時だけでも不自由な現実の束縛から逃避するには空を見上げるのが一番ではないかと思います。

日常の生活にも束縛がつきものだからなのでしょうか、ふらっとスナップ撮影などに出かけると、僕はついつい空の写真を撮ってしまいます。

そして空の写真を撮ると、なぜだか心が開放されるような気がするのです。

国境・文化・民族といった人間世界の区切りの及ばない空間には不思議な力があるようです。

世界のどの国にも空があって、日の光や月明かりが人々のさまざまな暮らしを照らしています。

文化や言葉が違っても、世界中の人が空や太陽そして月を共有しているのだと思ってみるとき、いつもの空がすこしだけ広がったような気がしませんか。

そしてそんな空に浮かぶ雲。

領空という人間が作り出した空の区切りも安々と乗り越えて国から国へとその行く先は風まかせです。

日本の空で生まれた雲が、他のどの国の空に入っていっても紛争は起こりません。

雲は自由に越境する存在です。

人間の心にも文化や考えの違いを雲のように蟠り無く自在に越境する力が備われば、そのぶん人間が享受できる自由の質も幅も深く広くなっていくのではないでしょうか。

果ての無い空に浮かぶ雲を見上げて暮らしてみれば、あるいは心が淵を失った水のようにどこまでも広がっていくやもしれません。

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