学部時代、ゼミの仲間と夜な夜なくりだしては酒をあおりカラオケに興じた馬場の安宿に部屋をとり、青く化粧されたBigBoxや老朽化のため交換されることになったマラバールのタンドールあるいはチェーン展開するカフェの乱立ぶりを目撃し、過ぎて行った時が連れ去ったものと残して行ったものによって僕の中に惹起された驚きと懐かしさが複雑に織りなす感衝とも感傷とも異なる名の無い感情に揺さぶられながら早稲田通りを馬場から早稲田に向かう途中。
ゼミ時代、行き付けだったバー。
イタリア語で洞窟と名付けられたその店は、英語で白鳥と名付けられた雑居ビルの2階。
煤けたレノリウム貼りの細くうねる階段を上る。
両手の指に余る歳月の扉は大きな硝子製。
腕にその重みを感じながらドアを開けて入る店内。
クドくない程度に凝った造作の装飾壁。
そこに描かれたアルタミラの牛。
アルコーブにきれいに整列したボトルの配置。
モニンシロップのとなりにはマリブー。
ミドリのとなりにはシャルトリューズ。
その間に仲良く並ぶグランマニエとコアントロー。
最前列の当時と同じ位置に並ぶ馴染みの顔ぶれ。
後にゼミ時代に流れた時間を誰よりも多く共有することになる同期のヤツをある日連れて行って、そのまま午前3時まで人生や愛について語ったカウンター。
その上に並べられたポートやヴィンテージマデラのボトル。
その存在を主張しすぎないほどに控えめな大きさのヒュミドール。
その日から2人で通った場所。
全部昔のまま。
変わったのは椅子と天井とバーテンダー。
2代目のオーナーが初代オーナー・バーテンダーから店を引き継ぎ、そのまま営業を続けている店。
1杯目はフローズンダイキリと決めている。
他のどの店で飲むものよりなめらかなそれは初代と同じレシピ。
2杯目はピンガでつくるカイピリーニャ。
2代目は粉糖ではなく三温糖を使う。
ライムのスライスの仕方が初代とは違うからか、味は似ているけれど初代がつくったものよりすこし野趣がきつい。
昔そうしていたように、この2杯を飲むあいだにその先の飲み方を決めようとする。
カイピリーニャの氷が溶け出してからも、まだしばらく悩んでローランド・・・それもローズバンクを・・・と思ったらもう扱っていないらしい。
スコッチにしようと決めたのに、いきなりふられたのでシュリヒテのシュタインヘーガーでつくるマティーニからドイツビール、ベルギーのシメイへといくか・・・あるいはワインにしようかと迷う。
そこで思いついたのがプリュムブラザーズのグラヒャーヒンメルライヒ。
当時、白ワイン、特にリースリング志向ではなかった僕の味蕾をその甘さで虜にした、まさに天国の味。
初代バーテンダーのよき伴侶、マダムのご実家で仕入れていらしたもの。
これにもふられる。
じゃあ、赤で懐かしいやつといえばタウラジかと思ったけれど、タウラジ村産のものは一つも置いてない・・・。
ワインの口になったあとにビールにはいけないので、やっぱりスコッチにすることに。
今度は確実に飲めるものを注文しようと、見渡して目に入った三角の瓶、グレンフィディックを。
グレンフィディックを飲んでいるのに、思い出すのはローズバンクの味という不思議な体験をして・・・スペイサイドではなくアイラにすれば、初代曰く「歯医者の味」がローズバンクを忘れさせてくれるはずと考えてボウモアを。
32年がよかったけれど、置いているのは12年だけ。
ちょっと肩すかし。
アードベックにしようかとおもったけれど、それにもふられてボウモワに落ち着く。
その後ひたすらボウモアを飲み続けて、タバコが2箱目になって・・・日付がかわって・・・閉店前にヴィンテージマデラを一杯。
マデラで締めるのは当時の儀式。
もう引退してしまった初代との会話を思い出しながら朝を迎えた。
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