2009年3月31日火曜日

祝出版!



僕も寄稿した本が出版されました。
ESPというのは超能力ではありません。
念のため(笑)
内容に興味を持たれたらご一報ください。

Amazonでも売ってます↓
http://www.amazon.co.jp/ESP的バイリンガルを目指して‐大学英語教育の再定義-福井-希一/dp/4872593510

2009年3月30日月曜日

新生活スタート

まで秒読みとなったあなたへ、ひょっとしてもう新生活が始まっちゃってるあなたへ、アイルランドの祈りのことばを贈ります。

May there always be work for your hands to do
May your purse always hold a coin or two
May the sun always shine upon your window pane
May a rainbow be certain to follow each rain
May the hand of a friend always be near to you and 
May God fill your heart with gladness to cheer you.
                                                                   - Irish prayer

沢山の喜びと幸せがあなたのもとを訪れてくれますように。

2009年3月29日日曜日

僕のカップの中に咲く赤い花

先日高円寺で行われた謝恩会で卒業生から小さなブーケをもらいました。

一泊+スーツという旅の条件だったから、革のブリーフケースの中に着替えのシャツを一枚。

荷物はそれだけでした。

愛用のボストンを持っていればよかったのですが・・・

仕方ないから、ブリースケースの隙間にそっとブーケをいれて持って帰ってきました。

ところが今度は丁度いい大きさの花瓶を持ち合わせていなくて・・・


仕方ないから、花たちをカップにいれました。

そしたら、なんだか愛おしくなって、写真を撮りました。

この花たちの命は数日。

でもデジカメという道具によって信号に変換された花たちのイメージは、その色すら褪せることは決してないのです。

永遠に。

みんな、ありがとう。

2009年3月28日土曜日

蜜月の終わり

新宿の外資系ホテル。
副都心のシティースケープが眼下に広がる34階。
ただ寝るためだけに滞在するには贅沢すぎる部屋でゆっくり目覚めた今日・・・

・・・僕の蜜月もこれでおわり。


2月なかばから始まった一ヶ月半。
4泊5日の海外出張で幕を開け、
帰国してわずか数日後には4泊5日の海外旅行。
おまけに東京大阪間をプライベートで6回往復。

出不精な僕にしては、これだけ移動が続くのは珍しいこと。

かなり無理してスケジュールを調整したとはいえ、授業期間中ならハナから無理なことでした。


桜がその堅い蕾をほどき始めた今、4月はもう目の前。
また授業と原稿の提出に追われる怒濤のような毎日が待っています・・・


この1ヶ月半、ちょっとウカレてました。

忙しかったけど、楽しかった。
ワクワクすることも、ガッカリすることも沢山ありました。

真昼に見る夢のようでもありました。


4月からは非常勤校がもう一つ増えます。
本部校では担当科目も増え、さらに卒業研究の指導も担当することに・・・。
雑誌の連載も2本になります。

通訳学校も数えると5箇所で先生をしながら、博士号を取得すべく大学院生を続けるという生活・・・。

4箇所でも結構きつかったんだけどなー。
飲みにいく時間なんてちっともなくて。
プライベートな時間なんて睡眠中しかないぐらいで。
いつも何かの締め切りに追われて切羽詰まった感じで。

連続して押し寄せる高波の下で喘ぎ続けているような、あの生活がいよいよ戻ってくるのかと思うと、もうどっぷりサザエさん症候群。そのコミカルな名前とは裏腹に深刻な憂鬱に襲われてブルーになります(涙)

甘い蜜月。
始まったときから時限付き措置。
今日までってわかってはいたけれど、いざ本当に終焉を迎えると・・・

・・・やっぱり寂しいもんですね (;_;)

2009年3月25日水曜日

ツバメ

脳の研究に通っている大学の屋外喫煙所に・・・
ツバメが戻ってきました。

天井付近にツバメの巣が3つあるんですが、その古巣に毎年帰ってくるんです。

子育てしに。

いや〜、春ですね。

帰ってきたツバメたちは、みな巣の修復に大忙しの様子。

かわいいヒナたちがピヨピヨという鳴き声をあげるまで、そう遠くはないはず。

楽しみです(^^)

2009年3月24日火曜日

卒業式

今日は卒業式。

学生たちが巣だって行く日です。

見送る立場になって、卒業生たちを見ていると・・・

在学中にいい思い出を沢山つくれたかな?

友人や恋人とのいい出会いや別れを経験できたかな?

後から振り返って、あの頃は良かったと思えるような時間を過ごせたかな?

自分で自分を誇れるようなことを何か成し遂げられたかな?

そして何より、常識という名の幻想を見破って真実を見通す目を養えたかな?

・・・なんて、老婆心ながら色々なことが心をよぎります。

でも、本当はわかっています。

みんなきっとそれぞれにとっていい時間を過ごし、いろいろなことを経験したはず。

学校という箱の中やバイト先、あるいはその他の場所で出会ったいろんな人から学んだ何かを財産にして、これからまた新たな一歩を踏み出そうとしている・・・

彼らに人生が優しく微笑みかけてくれますように。

彼らの歩みの先に彼らが望む未来が待っていてくれますように。

彼ら一人一人が自分なりの幸せを見つけることができますように。

僕は君たちの後ろ姿を見送りながら、心からそう願っています。
Hugs 1992
Photos by Mucho

2009年3月23日月曜日

過去になりたがらなかった昨日

馬場で前泊した僕は、思い出を肴にストレートのスコッチだけでも一桁できかない量を。朝まで呷っていたくせに、なぜか朝7時過ぎに目覚めた土曜日。


前日馬場入りする前に会ったともだち。
トンカツを頬張りながら嬉々として語ってくれた研修での体験。どうやら、身体性を強調したアクティビティーを通して恊働による学習を促すと同時に互いを見つめそして自分を見つめ直す機会を提供するプログラムだったらしく、盛りだくさんだった1週間をともに過ごすうちに仲間との間に生まれた確かな結束は、僕がアメリカに居たころ年2回のシーズン中は毎日放課後から午前3時や4時は当たり前という準備を要求されたハードな演劇活動を通して仲間と築いたものと似ているように思えた。

疲れた体とは裏腹に高揚さめやらぬともだちの魂から放たれていた純粋な喜びが醸す充実感に触れて、「叫び」のようにおのずと生まれることばを問題とし、「身体こそがみずから示し、身体こそがみずから語る」と主張したメルロ・ポンティを思い出した。

彼の言う parole parlante について。そして語も音もそれぞれが「世界を唄う方法(manière de chanter le monde)」であり、それはことばが「人間の身体が世界を祝う方法(manières pour le corps humain de célébrer le monde)」だと彼が言ったことを。

そうしたら4月からの授業の準備ができていないことに少し焦燥感を覚えた。身体性を強調したアクティビティーを通して恊働による学習を促すためにシラバスに載せた数々のプロジェクト。その中身が十分な具体性を帯びるに至っていないことが気になりはじめていた。


ゼミのOBOG総会は夕方から。

せっかく早く起きたのだから考えるという仕事をしようと、昔よく足を運んだ馬場の本屋の文具売り場でA4のノートを購入し、その足でタバコの吸えるカフェへ。

思いつくまま附箋にキーワードを書き出し、買ったばかりのノートを台紙にしてカード式ブレインストーミング。着想を得て授業の計画を練る。コストや時間的制約を加味してフィーズィビリティーの判断をする。

そんなことをしていて、ふと時計をみると短針は昼をもう60度以上通り越して、開場時間まで1時間と少しになっていた。上着をとりに宿へ戻り、ついでに髪に染み付いたタバコの煙をシャワーで洗い流した。


馬場から早稲田まで。
何度往復したかわからない早稲田通り。
当時より随分ノロいスピードで歩いた。

らんぶる亭が本当の廃墟になっていて少し切なかった。

通りに並ぶ店は随分入れ替わっていたけれど、あのころ住んでいた部屋のあるマンションがまだ健在で少し嬉しかった。

その隣にあった鳩屋敷。
火事にあってからも、以前と同じように鳩がたくさん居て、なぜか妙に和んだ。

そこからさらに早稲田通りを歩いて正門へと向かうこともできたけれど、そうはせずに第二西門からキャンパス内へ入った、大学院時代と同じように。

複数の校舎がやたら高層化していてかなり驚いた。

大学も随分様変わりしたんだ。

事前にわかっていたから感慨を覚えるほどのことでもないはずなのに、感傷のせいか一々心に響いてくる。

学部の校舎はすっかり新しく建て替えられてしまって、当時の面影はどこにもないけれど、研究棟は当時のまま。

その前を通ったとき、僕の心の底に澱のように溜まったままだった過去になりたがらない昨日の傷が疼いた。

大学院時代の重い記憶。
ちゃんと向き合って過去にするために戻ってきた。

総会の会場で、僕と同じように学部ゼミから院に進学した先輩たちに会った。
みんな本当にお世話になった人たちばかり。
後輩にも会った。
素直に懐かしく、再会を嬉しく思った。

「なんか、当時より若返ってない?」

「充実したいい顔になった。」

だなんて、みんな口々に言ってくれた。

前期課程を修了してから、来年には両手の指で足りなくほど経った今の僕をみて、若返ったとか充実した顔だとか言われるってことは、当時の僕はそうとう酷かったんだなって改めて思った。

そうしたら、あの頃より今の自分のほうがちょとは前進したって思っていいかもっていう気持ちになれた。

専門分野はすっかり変わってしまったけれど、あの頃の僕があるから今の僕がある。
そんなくだらない事実を事実として受け入れられた気がした。

そうしたら重い記憶の中の昨日がやっと過去になった気がした。

2009年3月22日日曜日

洞窟

学部時代、ゼミの仲間と夜な夜なくりだしては酒をあおりカラオケに興じた馬場の安宿に部屋をとり、青く化粧されたBigBoxや老朽化のため交換されることになったマラバールのタンドールあるいはチェーン展開するカフェの乱立ぶりを目撃し、過ぎて行った時が連れ去ったものと残して行ったものによって僕の中に惹起された驚きと懐かしさが複雑に織りなす感衝とも感傷とも異なる名の無い感情に揺さぶられながら早稲田通りを馬場から早稲田に向かう途中。

ゼミ時代、行き付けだったバー。

イタリア語で洞窟と名付けられたその店は、英語で白鳥と名付けられた雑居ビルの2階。

煤けたレノリウム貼りの細くうねる階段を上る。

両手の指に余る歳月の扉は大きな硝子製。

腕にその重みを感じながらドアを開けて入る店内。

クドくない程度に凝った造作の装飾壁。
そこに描かれたアルタミラの牛。
アルコーブにきれいに整列したボトルの配置。

モニンシロップのとなりにはマリブー。
ミドリのとなりにはシャルトリューズ。
その間に仲良く並ぶグランマニエとコアントロー。
最前列の当時と同じ位置に並ぶ馴染みの顔ぶれ。

後にゼミ時代に流れた時間を誰よりも多く共有することになる同期のヤツをある日連れて行って、そのまま午前3時まで人生や愛について語ったカウンター。

その上に並べられたポートやヴィンテージマデラのボトル。
その存在を主張しすぎないほどに控えめな大きさのヒュミドール。
その日から2人で通った場所。

全部昔のまま。

変わったのは椅子と天井とバーテンダー。

2代目のオーナーが初代オーナー・バーテンダーから店を引き継ぎ、そのまま営業を続けている店。

1杯目はフローズンダイキリと決めている。
他のどの店で飲むものよりなめらかなそれは初代と同じレシピ。

2杯目はピンガでつくるカイピリーニャ。
2代目は粉糖ではなく三温糖を使う。
ライムのスライスの仕方が初代とは違うからか、味は似ているけれど初代がつくったものよりすこし野趣がきつい。

昔そうしていたように、この2杯を飲むあいだにその先の飲み方を決めようとする。

カイピリーニャの氷が溶け出してからも、まだしばらく悩んでローランド・・・それもローズバンクを・・・と思ったらもう扱っていないらしい。

スコッチにしようと決めたのに、いきなりふられたのでシュリヒテのシュタインヘーガーでつくるマティーニからドイツビール、ベルギーのシメイへといくか・・・あるいはワインにしようかと迷う。

そこで思いついたのがプリュムブラザーズのグラヒャーヒンメルライヒ。
当時、白ワイン、特にリースリング志向ではなかった僕の味蕾をその甘さで虜にした、まさに天国の味。
初代バーテンダーのよき伴侶、マダムのご実家で仕入れていらしたもの。

これにもふられる。

じゃあ、赤で懐かしいやつといえばタウラジかと思ったけれど、タウラジ村産のものは一つも置いてない・・・。

ワインの口になったあとにビールにはいけないので、やっぱりスコッチにすることに。

今度は確実に飲めるものを注文しようと、見渡して目に入った三角の瓶、グレンフィディックを。

グレンフィディックを飲んでいるのに、思い出すのはローズバンクの味という不思議な体験をして・・・スペイサイドではなくアイラにすれば、初代曰く「歯医者の味」がローズバンクを忘れさせてくれるはずと考えてボウモアを。

32年がよかったけれど、置いているのは12年だけ。
ちょっと肩すかし。
アードベックにしようかとおもったけれど、それにもふられてボウモワに落ち着く。
その後ひたすらボウモアを飲み続けて、タバコが2箱目になって・・・日付がかわって・・・閉店前にヴィンテージマデラを一杯。

マデラで締めるのは当時の儀式。

もう引退してしまった初代との会話を思い出しながら朝を迎えた。

2009年3月20日金曜日

新幹線の…

ホームで、かのアホの坂田師匠を発見!

マネージャーさんと思しき若い女性とご一緒でした。

アホの坂田師匠といえば、かつての職場で一緒だった友人と同じマンションにお住まいなんだそうで(ってだからどうだってことはないんですが…)。

プラットフォームではごく普通のおじさんでした。

当たり前か(笑)

2009年3月19日木曜日

2009年3月18日水曜日

2009年3月17日火曜日

2009年3月16日月曜日

2009年3月15日日曜日

微動だにしない人々







旅で訪れた街で見かけたこの人たち、ホントに動きません。

鼻の頭とかかゆくなったらどうするんだろう?

突然の生理的欲求到来にはどのように対処するんだろう?

僕には決して勤まらないお仕事をなっさている方々。

尊敬しています(^^)

Photos by Mucho

2009年3月14日土曜日

Blimpy



昔から僕の家には Blimpy という名前のペンがあります。

30年以上前にアメリカで売っていたものです。

なぜ Blimpy という名前だとわかるかと言えば、それは背中に「I'm Blimpy.」と書いてあるから(^^)

Blimpというのは、おデブ、今風に言えばメタボのこと。

なんだか親近感を覚える名前(笑)

倒しても倒しても勝手に起き上がってくる、根性のあるヤツです。

でも、もう書けない。

できれば芯を交換して書けるようにしてあげたいのですが、芯の刻印を見ると「Eversharp」とあります。

Eversharpと言えば、Parker に買収されてしまったはず・・・

パーカーさん、今でも Blimpy のずんぐりとした体にフィットする長さ(短さ?)の芯を販売してますか?

2009年3月13日金曜日

確定申告

同時通訳をやりながら確定申告を行うようになってもう十何年・・・今年は初めての経験です。

還付ですよ、還付!

確定申告といえば英語では tax return ということに相場が決まってます。

でも今まで払った tax が戻ってきたことなんで一度もなかったんです、僕。

それどころか、毎年源泉徴収だけでは足りずに追加で結構な額の納税をしてきました。

でも今年は初めてホントに return になりました!

なんか嬉しい!

でも結局これって減収という紛れもない事実の裏返し・・・うーん、ちょっと複雑。

大学院で研究生活を送りながら大学の教員をするというのは、ホント儲からんですな(泣)

2009年3月10日火曜日

B級な・・・

晩ご飯のはなしです。

実験を普通の時間に終えた今日、最寄り駅に到着したのは9時前。

実験日はいつも日付が変わってから帰宅することを思えば、今日はなんて早い帰宅!

そんなつまらないことにも、ちょっとだけ小躍りしたい衝動を抑えながら改札をぬけると、おなかがグーッ。

さて晩ご飯をどうしたものかと、ちょっと考えて、とんかつ新宿さぼてんでトンカツを買って帰ることにしました。

近所にあるのでちょくちょく利用します、新宿さぼてん。

ヒレカツと北海道コロッケがお気に入りで、弁当ではなく単品でよく購入します。

だた、食べ方がちょっと変わってると思います。

(1)トンカツをぶら下げて家に帰ったら、まずキャベツをたっぷり千切りにします。ピーラーを使ってお店の千切りもびっくりの細さに。

(2)カツを1.5㎝角ぐらいの細切れ状態にしてしまいます。

(3)千切りキャベツと細切れカツとご飯を一緒の皿にきれいに盛りつけます。このとき僕が使うのは楕円形のグラタン皿。真っ白の。

(4)新宿さぼてん特性トンカツソースをちょっと控えめに、でも全体にかけ、全部混ぜながらいただきます。(お好みですりゴマも振りかけてどうぞ。)

えー、って感じでしょ?

だってご飯とキャベツを混ぜるんですよ!

見た目には・・・なので、家で一人の時にしか食べませんが、味はとてもおいしいです。

カツ、キャベツ、ご飯、カツ、ご飯、キャベツ・・・と別々に食べるより、絶対混ぜた方がおいしいです。

そう、そこには混ぜるという行為によって初めて生まれるハーモニーがあるんです!!

ポイントはご飯よりはるかに多めに入れるキャベツ。

弁当についてくるような、申し訳程度の量ではおいしくないんです。

キャベツはこんもり山盛りぐらいがちょうどいいです。

でもキャベツが太いとダメ。

だからピーラーで細く、限りなく細くしてください。

騙されたと思って一度お試しあれ。

きっとおいしいと思ってくれるはず(笑)



実はこれ、今は亡き僕の祖母が好んでいたカツの食し方なんです。

明治生まれで4つの年号をまたいで生きた祖母は、90歳を過ぎても朝食は必ずパン、好物はピザやパスタというモダンな人でした。

もちろんヒレカツも大好き(なぜかロースカツじゃなかったなー)。

でも歯があまりよくありませんでしたから、細切れにするという発想になったのだと想像がつきます。

ところが、そこからどういう思考(それとも試行?)を経て、キャベツとご飯とカツを全部混ぜてソースで和えて食べるという独特の食べ方に辿り着いたかは、今となっては知りようがありません。



なんという名前で呼べばよいかすらわからない、この食べ方。

こんなふうにしてカツを食べるとき、僕は必ず祖母のことを思い出します。

悪びれもせず、かといって誇りもせず、形式より実質をとる斬新な食し方で淡々と好きなカツを堪能する祖母の姿。

ちょっと格好よかったと記憶しています。



品よく別々に食べるより、下品でもかき混ぜて食べた方が絶対おいしい。

凛とした孤高の生き方を貫くより、たとえ見た目に悪くて垢抜けなくても、無秩序なぐらい入り交じって一体となって生きた方がオイシイなんて、思ってみたりもしちゃったりなんかしてw

花と虫



今日は僕のポートフォリオから、一枚の写真を紹介します。

秋に撮ったものなので季節はずれです。


しかも被写体としては魅力に劣るくたびれたコスモス。

でも、そこにシジミ蝶が憩っていました。

くたびれて花びらの先端から枯れかけてもなお蝶に蜜を惜しみなく与える。

そんなコスモスの姿にちょっと心を打たれました。

まるでこのコスモスの花びらのように目じりがしわがれてきたと感じる青年と中年の端境期真っ只中の今日この頃。

人生が錬金術なら鉛は黒化を経て黄金へと変容するのだろうけれど、硫黄も塩も水銀も、弾けるような少年の瑞々しさを取り戻す秘薬としては現実には不十分で、急速に失われてゆく若さという青いパトスに郷愁とも思しき感情を覚えつつ、悪戯にすり込みを許してしまった集団のエートスに抗う姿勢を捨てきれずにいるくせしてそれに迎合してゆく自分を振り返るとき、境目がいつだったかは曖昧模糊として分かりようがないけれど、大人になるという過程が老いるという過程にいつの間にかすり替わってしまっているんだということに気付いて、少し慄く・・・

そんな気持ちが心の中に巣くっていたからでしょうか、老いつつある存在としてのくたびれたコスモスが、空気というエーテルの海を自在に飛び回る、まるで魂の自由と若さの権化のような蝶の生きる糧を提供しているという光景が、ある種の啓示にも似た鮮烈さで目に飛び込んできたのです。畏怖と畏敬の念を抱くようにそっと近寄り、心臓の鼓動より静かにシャッターをきりました。

老いるということは死にゆくということ。

でもそれは紛れもなく生きるということの裏返し。

であるならば両者は互いに不可分の一体をなす概念であって形而上学的には或いは等価なものなのかも知れません。

枯れつつある花は、その美しさではもはや人を魅了できないかもしれません。

でもその花心の周りに静かに蓄えた蜜で虫を養ってやることはできるのです。

そんな自然の味わい深さを想うとき、クロノスのたゆたう流れを憂えることに意義などないことに気付くのです。

2009年3月9日月曜日


平和な休日を過ごした後の月曜日。
いうなれば宴の後。

そんな今日はなんとも物憂い一日でした。

その纏わりつくような鬱陶しさを払拭したいとき、皆さんはどうやって気分転換していますか?

お天気の良い日ならば、僕は勉めて空を見上げるようにしています。

刑務所からでも病院の窓からでも見上げればそこに空がある。

例えひと時だけでも不自由な現実の束縛から逃避するには空を見上げるのが一番ではないかと思います。

日常の生活にも束縛がつきものだからなのでしょうか、ふらっとスナップ撮影などに出かけると、僕はついつい空の写真を撮ってしまいます。

そして空の写真を撮ると、なぜだか心が開放されるような気がするのです。

国境・文化・民族といった人間世界の区切りの及ばない空間には不思議な力があるようです。

世界のどの国にも空があって、日の光や月明かりが人々のさまざまな暮らしを照らしています。

文化や言葉が違っても、世界中の人が空や太陽そして月を共有しているのだと思ってみるとき、いつもの空がすこしだけ広がったような気がしませんか。

そしてそんな空に浮かぶ雲。

領空という人間が作り出した空の区切りも安々と乗り越えて国から国へとその行く先は風まかせです。

日本の空で生まれた雲が、他のどの国の空に入っていっても紛争は起こりません。

雲は自由に越境する存在です。

人間の心にも文化や考えの違いを雲のように蟠り無く自在に越境する力が備われば、そのぶん人間が享受できる自由の質も幅も深く広くなっていくのではないでしょうか。

果ての無い空に浮かぶ雲を見上げて暮らしてみれば、あるいは心が淵を失った水のようにどこまでも広がっていくやもしれません。

2009年3月7日土曜日

とある街で・・・

散歩写真撮りに行ってきました。

シンポジウムに参加するために訪れた出張先で参加するはずだったシンポジウムをブッチしたあげく昨日は友達とカラオケ・・・

すぐに帰るのはもったいなかったので滞在を延長して遊び呆けてます。

いつもより少しゆっくり目覚めた朝。

鬱陶しい雨は夜のうちにあがって、外は春の陽気。

やさしく照らす太陽に誘われて、いそいそとシティー・スケープの記録に出かけました。散歩のお供はキヤノンの愛機。それに明るい標準レンズを一本だけ。

装備が軽いと気持ちまで軽快に。

知らない街を探検するワクワクに逸る心を押さえ静めるように、手首にグルグル巻きつけたストラップはいつもよりきつめ。

歩いては撮り、撮っては歩く。

iPodで好きな音楽を自分だけのBGMにして。

足取りをリズムに合わせちゃったりして。


サボるって楽しい!

写真って楽しい!

道端で遊んでいた子供に折れた小枝をもらったり、同じく散歩中の犬に激しく絡まれたり(笑)

なんだかとっても平和な休日でした。

カードリーダーが手元にないので写真をアップできないのが残念。

2009年3月5日木曜日

新しいiMac

届いた!

もう届いちゃいました。

はやっ。

今日は休みにしてiMacと戯れることにします(^^)

2009年3月4日水曜日

新しいiMac

買っちゃいました。

新型iMacが昨日アップルのウェブページ上で公開されました。

ブログを書いたあと、それを発見しちゃった僕は、そのまま「今すぐ購入」ボタンをクリック。

ハードディスクは1TBだそうで。

その1という潔い数字に甘美さすら感じ、それを嘆美する衝動に突き動かされた僕は、意識不在のままに指先だけで行う自動書記かなにかのような勢いで、アップルアカウントを使って決済を終えておりました。

正気に戻った時にはすでに。

ディスク領域の不足に不満を感じていた僕がその誘惑に勝てるはずも無く・・・。

必要があったわけじゃない・・・。

ただ欲しかっただけなんだ・・・。

テラという単位のディスクを身の内に秘めたiMacが僕の書斎に存在することだけが僕のiMacのraison d'êtreなのさ・・・と、なんだか耽美主義的な正当化事由を挿頭して正気に戻った自分の理性を納得させたりして(笑)

今日の夕方には「発送済み」を知らせるメールが届きました。

明日には届くかなー。

2009年3月3日火曜日

回線にしました。

今までネットはケーブルを使っていたのですが、なんだか遅くて調子悪くて相当ムカついたので光に乗り換えました。

FOXが好きなのでずっとケーブルに加入してきたのですが、光にしてもFOXが見れることを知って(いまさらね・・・)即決、即実行。

どうせ光にするならと(どんだけ意味があるかわからなかったけど)とりあえず最速プランに加入しときました。

そしたら今までのストレスが嘘のように一気に解消しました。

今までAirMacを使ってパソ(バイオ)とMacBook Air、それにiPhoneとiPod Touch、PSPなどをつなぐ無線環境にしていたので、光にしてからも同じ構成にしてみました。

やっぱり速い。

でも、光の場合ケーブル(これがまた細い!)に無理な力がかかると中でファイバーが折れちゃうことがあるそうな。

で、そうなると(当たり前だけど)一切通信できなくなるどころかTVに映るのは嵐ばかりになっちゃうらしく・・・

「モデムをなるだけ動かさないで下さい」と宅内工事をしてくれた人に言われました。

なるだけ動かさないでって、どのくらいなんだろうね?

いたずら心が疼いて、ちょっと引っ張ってみたりなんかして(笑)

けっこう大丈夫そうだけどー(^^)

2009年3月2日月曜日

フォトブック

旅行中に写真沢山とりました。
全部RAW形式で撮影したのですが、これが仇になりました。

というのも1000枚を軽く超えるデータをすべてJPEGに変換する、いわゆる「デジタル現像」の作業に思ったより手間取ったからです。(最初からJPEGで撮っとくべきだったか・・・)

カメラが無駄に(!)高画素化したためRAW形式のデータは一枚23MB程。千何百枚のピントや露出などをチェックし、結果「ブックに載せたい基準」で星三つです!のレーティングをつけた写真が120枚強。これに星2つのヤツも加えると全部で550枚ほど。

これだけのRAWデータを全部現像ソフトでJPEGにするには、僕のマシンのスペックではちょっと役不足だったようで・・・といってもプロセッサーの速度の問題ではなかったんです。RAMで足りないメモリをディスクで補おうとした僕のマックはその容量が足りないと言ってきたのですよ!

「お使いの起動ディスクには十分な容量がありません」とかなんとか、トホホ。そこで変換処理の途中で、現像ソフトを強制的に一時停止し、ディスク上に保存してあった動画やら何やら重たいファイルをポータブルディスクに退避させるハメに!

この方法で都合10GBほどディスク領域を増やすのにかかったのは1時間程度ではなかったはず・・・週末も大学で実験をしているのでまとまった時間がとれず、組織の切片に免疫化学反応の処理を進めながら、その合間あいまにコツコツ作業をすすめ、昨日なんか実験からの帰りの電車でノートブックを開いてフォトブックを編集してました。

周りの人たち相当ひいてた(笑)

フォトブックをつくる際、いつもはカメラ・メーカーのサービスを利用するのですが、今回はどんなに頑張ってもそのサービスで設定されているページ数の制限に収まりきらない枚数の写真をブックに載せたかったので、最新のiPhoto(iLife'09版)を使ってみました。

合計100ページ!

画質の評判はあんまりみたいですが、これだけのページ数でブックを作成できるサービスを他には知らないのです。

どこの国で刷っているのか知りませんが海外から届くんだって。

約2週間後が楽しみ!