朝から容赦なく照りつける陽光に焦げだしたアスファルトの脇に自生するオレガノの低く密に育った茂みを撫で擦るように抜けた風が、乾ききった空気に微かというには強すぎるフレーバーを与えていた7月の終わり、向かっていた。
自転車に乗って。
十字架を戴いた塔とそれを囲むバラの植え込みに出迎えられ、キャンパスに足を踏み入れた。入り口に門というものが設えられていないことに驚きながら。
16歳の誕生日を目前にしていた僕は、編入を9月に控えた高校のサマースクールで2週間の自動車教習と平行して英語の授業を受けることに決めていた。
カリフォルニアのとある街。
都会でもなく田舎でもないサバービア。
そのコミュニティーの中では誰もが知っている学校。
カタカナ表記を許さない名前の学校。
白、白、白、白、白、白、黒、黄。
金、栗、茶、黒、赤の髪。
青、緑、灰、茶、黒の瞳。
顔にある穴の数はみんな5つだったけれど、色の組み合わせは一体何通りあったんだろう。
そんな学校で留学生第一号になった僕。
サマースクールで将来の夢について尋ねられて、とっさに "A translator." と答えた。先生が "He wants to be a translator." と、みんなの方に向きなおって繰り返した。まるで世界に向かってそう宣言されてしまったような気がして、すこし後悔した。
本当は描きたかった。
歌いたかった。
なのに、どうしてそう言わなかったんだろう。
表現者ということばをまだ知らなかったから。
そんな生き方ができると思っていなかったから。
多分どっちも違う。
「絵描きみたいなもんは道楽者のやることや。成績がいいんやからもっとまともな仕事に就きなさい。」
中学生の僕が「絵を描いたり歌を歌ったりしていきたいです」と真っすぐな思いを伝えたとき先生の口から吐き出されたこのことばが、ずっと刺さったままだったからだ。
きっと。
この呪いは今でもとけてはいない、と思う。
卒業がすぐそこに見えてきたとき、それまで色んなかたちで何度も参加してきた舞台で常に監督をしてくれていて、Mr. Tと敬意を込めた愛称でキャストやクルーが呼び親しんできた先生がリルケの「若き詩人への手紙」を僕にくれた。裏表紙にメッセージを書いて、大事なページにさりげなく栞を挟んで。
それを読んでも、歌や絵を仕事にしようとはしなかった。
仕事にしようと考えると傷が痛んだ。
そのかわり、先生の思いが別の魔法をかけてくれた。
サマースクールで尋ねられたあの質問は "What're you gonna be in the future?" だった。
それなのに「将来の自分=将来の仕事」と勝手に解釈してしまっていた。
その魔法は、そんな自分から僕の魂を解放してくれた。
"What're you gonna do in the future?" とか "What's your future job gonna be?"と訊かれたわけじゃなかったんだ。
「自分」という存在は「仕事」よりも常に大きい。
それなのに自分という人間と仕事とを同じ次元に布置していた。そんな極端な矮小化を犯していたことに気づかせてくれたMr. T。
I know my words will most assuredly fail to express my gratitude, but I thank you for being who you are. I know the world is a better place with you in it.
おかげで絵を描き歌を歌い役を演じ写真を撮りながら生きる存在になることができました。そのどれも仕事ではないけれど。
生きています、ちゃんと。
皮肉にも通訳という仕事をしながら。
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